本書は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)の共同研究「移民/難民のシティズンシップ──国家からの包摂と排除をめぐる制度と実践」(2011〜2013年度)の研究成果として刊行された。本書の目的は、移民/難民と国家との関わりをシティズンシップという帰属の枠組みを通して再考することである。
本書は次の3部で構成される。「第1部 シティズンシップの歴史と枠組み」では、民主国家のなかの外国人(第1章)、脱植民地化プロセス(第2章)の2点から、国民国家とシティズンシップの歴史と議論の枠組みが論じられる。「第2部 希薄な国家におけるシティズンシップの機能」では、アフリカ国内避難民(第3章)、独立後の南スーダン(第4章)の2つのテーマから、第1部の論点が補完されている。
国民国家とシティズンシップの関係に再考を迫ることになったのは、移民の定着化や難民の存在である。そこで第3部「新・移民国家としての湾岸アラブ諸国」では、アラブ首長国連邦(第5章)、湾岸協力理事会(GCC)加盟国(第6章)を事例として、外国人労働者が多数を占める湾岸諸国での移民の包摂と排除について論じられている。第4部「『再難民』とシティズンシップ」では、パレスチナ人(第7章)、フィリピン南部ムスリムの移民/難民(第8章)を事例に、長期化した難民のシティズンシップの状況が分析されている。そして第5部「シティズンシップの将来と展望」では、イギリスのテロ法制(第9章)、帝国のシティズンシップ(第10章)の2点から、シティズンシップの将来と展望について検討されている。
本書の最大の特色は、法学、憲法学、政治学、国際法、人類学といったさまざまなディシプリンの研究者が議論を重ねて執筆してきた点である。移民/難民の処遇は、今後の世界の重要な係争点である。このテーマは、ともすれば過度に専門化されたり特定の地域に偏りがちである。本書を通して読者の専門外からの切り口と視点に触れることこそ、問題解決の糸口になるのかもしれない。
■執筆者紹介
①氏名(ふりがな)……久保忠行(くぼ・ただゆき)
②所属・職名……大妻女子大学比較文化学部・准教授
③生年と出身地……1980年、兵庫県
④専門分野・地域……文化人類学、移民・難民研究、ビルマ(ミャンマー)難民
⑤学歴……大阪府立大学総合科学部、神戸大学大学院総合人間科学研究科・博士前期課程(コミュニケーション学専攻)、神戸大学大学院総合人間科学研究科・博士後期課程(人間文化学専攻)
⑥職歴……日本学術振興会特別研究員(PD)/京都大学東南アジア研究所(31歳、3年間)、立命館大学衣笠総合研究機構・専門研究員(34歳、1年間)。
⑦現地滞在経験……タイ(24歳から1年間と27歳から1年間)。またアメリカ、オーストラリア、フィンランドといった難民の再定住地と、難民の帰還先であるビルマ(ミャンマー)で短期調査を実施。
⑧研究手法……フィールドワークと参与観察。
⑨学会……日本文化人類学会、東南アジア学会、日本タイ学会など
⑩研究上の画期……近年の中東情勢(特にシリア難民)で難民への社会的な関心は高まった。また私が難民に関心を持ち始めた2000年代初頭に比べて、研究者や難民について関心のある学生は増えたが、難民をめぐる適切な知識の普及や社会的コンセンサスを形成するには至っていないと感じている。
⑪推薦図書……ジェームズ・スコット(2013)『ゾミア─脱国家の世界史』佐藤仁監訳、みすず書房。民族誌的な記述の正確さという点では疑義が呈されているが、本書の切り口である「統治から逃れる技法(the art of not being governed:原著のタイトル)」は、地域やテーマを越えた研究の視点を提供してくれる。